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話を聞いてみました。

08 小川 純 Booth

誰かのためのデザイン

08 小川 純 Booth

誰かのためのデザイン

[プロフィール]
小川 純
オガワデザイン グラフィックデザイナー


今回は実用書や参考書などのデザインを手がける“オガワデザイン”の小川純さんにお話を伺った。
インタビュー当日、たくさんの本と一緒にリラックマを会場へ持ってきてくれた小川さん。
優しくも不思議な雰囲気をまとった彼はいわゆるデザイナーのそれではないよう。デザインと名のつく様々な仕事の中でも風変わりな人物に感じる。
 
彼にとってのデザイン、それもまた独特な考え方からなるもの。
そんなオガワデザインの仕事について話を伺った。

 

モラトリアム

現在40歳になる彼は2003年にデザイン専門学校を卒業し、最初のデザイン事務所に就職する。
雑誌が半分、参考書が半分、そんなバリエーションの事務所で主に雑誌の中身のデザインをしていた。
事務所の代表は業界では重鎮と言われる立ち位置の人物だった。
デザイン会社のブランディングはほぼ例外なくそうであるのだろうが、名の通ったデザイナーが代表を務める事務所にはそのイメージが定着しており、そのデザイナーが得意な分野の仕事が集中するという。
 
その下で働いている一人の若手デザイナーだった彼は5年ほどで仕事に対する飽きと迷いを感じ始めたという。
様々な事情から体調を大きく崩したこともあり、一旦その事務所を退職することを決めたという。
 
退職後の選択肢は二つ。
他の事務所に入るのか、独立するか。悩んでいるときにたまたま建築家として独立している高校時代の同級生がシェアオフィスで事務所を持っているという話を聞いた。
今から約10年前、シェアオフィスという言葉はまだまだ世の中に浸透したものではなく、「なにそれ?」と聞かれる時代。
自分自身シェアオフィスというものがよく分かっていない中で一度見学し、そこで感じた広さと開放感。
 
通常デザイン事務所はマンションの一室などで5~6人が机を並べて仕事をしている。
窮屈とはいかないまでも、相性が悪ければそこで過ごしていくことは苦痛へと変わることもある。
また他の事務所に入り直し、実績のある先生の下で学び直すということへの抵抗も少しはあった。
 
そんな気持ちから独立。だから特別「何かをするぞ!」と意気込んでいたわけでもなく、シェアオフィスの気軽さとお試しのような気持ちだったという。
独立当初はモラトリアム期間をもう一度、みたいな雰囲気があったかもしれない。
と彼は笑って言っていた。

 

手に取る書籍

一言に書籍といっても雑誌、漫画、参考書、小説、そしてそれらをデータ化した電子書籍など、様々なかたちや種類のものが存在している。
その中でも彼は参考書の類を得意としている。
それは意図してその領域にいたというよりも、どちらかといえば成り行きだった。
デザイナーの花形といえば広告デザイン。それは今も昔もそう考える人が多い、ある種の事実。
だから彼も学生時代は広告デザインを主として学んでいたという。
どちらかといえば実用書系は地味な分野として考えられていたが、最初に就職した事務所がたまたま実用書系を得意とする場所だったこともあり、自然とその分野の仕事をこなす機会が多くなったのだ。
自分自身、カバンには必ず本が入っているという習慣もあり、本を読むことに対する抵抗は全くない。
本が好きか?と問われれば迷わずに好きと答えられる。
だからこそ、地味と言われても自分の近いところにあるものを仕事にするのも悪くないと考えていた。
それは独立後も変わることはなく、独立前に付き合いのあった人たちがくれる仕事も自然とその分野のものが多くなった。
 
今、逆になんで本を作っているのだろう?と考えてみることもある。
自分で導いたその答えは結局、自分の身体感覚として手に収まるものを作るということが一番得意なのだと気がついた。
遠くに離れている駅のビルボードや、街に貼られている販促ポスター、そう言ったものも作れるけど、ピンとこないところがある。
実際に手にとって、その素材感を感じながら、こんな色で。と考えるのが得意なのだ。



 

関わる領域

一冊の本に対してデザイナーとして一体どこまで関わるのだろうか。
最大で表紙、帯のデザイン、紙の質、書体、並び。つまりはパッと目に入る全ての部分を全て作る。
もちろんこれは最大値の話であり、その時によって装丁のみを行うこともあれば中身だけを作ることもある。
全領域を仕事としてもらえる場合はその全てに自分で責任が持て楽しいが、仕事量としてこなせる場合とこなせない場合もある。
 
一冊一冊の紙やフォントを決めるという作業はどういうものなのだろうか。
 
このジャンルでこの本だとこんな感じ。
そんなセオリーはあるという。
編集者から今回作る本の立ち位置や売り方などをヒアリングし、そのセオリーと自分の経験を重ね合わせていく。
その本が纏う外観は多くの場合、その型に当てはめられていくという。
その上でその本なりの差別化を図っていく。
それとは別に本の中身というのは実用書に限っていえば読む人の理解度をイメージする。自分でまずは読んでみる。
例えば同い年の子供であっても勉強が得意な子とそうでない子がいて、それによって書体やバランス、色使いなども変わっていく。
 
一冊ごとにどこかに取っ掛かりを見つけ、進めていく。中身についてはセオリーはなく、彼はその都度イメージを膨らませてやっていくのだ。

 

母校のパンフレット

彼はここ数年、自分の出身校であるOCHABI(御茶の水美術専門学校)のパンフレットを作っている。
そのパンフレットはデザインの専門学校のものとしては異色。
卒業生の作品を大々的にアーティスティックにPRするようなものではない。
“その先”、つまりは、卒業した先にどんな仕事があり、どのように活躍していけるのかを淡々と紹介している。
このパンフレットの読者は生徒本人はもとより高校の先生、そして親御さんなのだという。
もちろん以前にはデザイン性に富んだパンフレットもあったが、多分、それよりも保護者や先生が安心してこの学校に送り出せるように、ここで自分の子供が何を学べるのかを端的に文章で紹介しているのだ。
 
そんなコンセプトを持った母校がパンフレットのデザインに指名したのがオガワデザイン。
どうして彼に白羽の矢が立ったのかは、次に紹介する彼のデザインに関する考え方に起因しているのだと思う。



 

“誰”に“どう”読まれたいのか

彼は実用書や参考書など、どちらかというと学業に専念する年代の読み手を相手にする仕事を軸としている。
若い人たちが自分からいきなりやりたくなって実用書を手にとるということはあまりなく、どちらかというと“今ある状況”から離れたくて別の領域に手を出すことが多いのだという。
そんな若者が、このジャンルでこのレベルで、という感覚がパッとわかるデザイナーはそういない。
編集者の方にはよく、“だいたいこんな感じ”というところを外さないで持ってきてくれる。と言ってもらえる。
それが自分の強み。
そこで大事なのはヒアリング力と経験。
経験値があるから気持ちを汲み取れる能力も高くなり、対話をすることでそのイメージをより具体的にしていける。
 
昔は参考書の中身にデザインが落とし込まれていることは少なく、つらつらと書かれた文章に目を落とし我慢して勉強するしかなかった。
今の時代、デザインされた参考書が多くなり、読みにくい参考書は売れなくなってきている。その時代で如何に売れるものを作るのかを考える。
実用書というのは今、デザインを求められる熱い分野なのかもしれないという。
 
彼はデザイナーだが、自分の独自性を全面に押し出した芸術家、というよりは受け手にとって最良を選択できる戦略家なのだと感じた。

 

デジタルの発展と紙の本のこの先

本屋では大分類として漫画、雑誌、本の3種類が売られている。
戦後、日本の本屋は漫画や雑誌などを全国で同じ日に発売するためのインフラとして発展してきた面がある。
しかし漫画は電子書籍の方が読みやすくなってきているし、雑誌はそもそも皆読まなくなってきている。
そうなると本屋を支える3本の柱のうち2本が実物を買わなくても良くなってきている。
当然、本屋は苦境に立たされているが、それでもその中でもまだ、本は残っている。
彼自身、電子書籍で漫画や本を読むが、現状のデバイスが持ち運びの面などで実物に優っているとは思わないという。
今の電子書籍はたまたま現状のデバイスが存在しているから、それに合わせた形で入れているだけなんだという。
5年10年先を見れば仮想の見開きが再現できるとか、SFみたいにメガネをかけることで手のひらに紙が見えるとか。
そんな世界もあり得る。
そうなった時にスライドして読むのがいいのか、見開きで読むのがいいのか、デジタルで表現した見開きに戻るんじゃないかと考えている。
だからこれから先に自分がやっている仕事がなくなるという危機感はそんなになく、今やっているデザインのノウハウが全く必要なくなる世界は来ないんじゃないかという。
もっと言えばデジタルで紙の質感を再現し、選んで読むこともできるようになるだろうから、質感のアーカイブを作ることも必要になる日が来る。
その時に自分たち旧来のデザイナーにも少しはやることがあると思う。



 

これからの自分

今自分に求められている実用書の分野でさらに高い精度の仕事をしていくということは当然ある。
そして自分は大量生産される本が好きということがある。
工芸品として数冊しか作られない本ではなく、あくまでも同じものが1000、2000と並んでいる方がいい。
北海道でも沖縄でも同じ日に同じものを手にすることができて、たくさんの人の目に止まるもの。
高校生相手に作ったはずの参考書が、たまたま手にとった中高年の方から「読みやすくてよかった」なんて感想が届く。
そんなイレギュラーな需要、消費のされ方が面白く、やっぱり本は工業製品であるということが魅力だと思っている。
だからその基本になるデザインにずっと携わっていきたい。

 

誰かのためのデザイン

自分の中で何かを極めたいという気持ちは全然なく、そこにある需要に対してどう答えていけるのかということばかり考えている。
あくまでも相手がいて成り立つ商売。
ほんの0コンマ数ミリとかの感覚が気になって夜も眠れない同業のデザイナーさんたちを見ていると、自分はそんなに感覚の鋭い人間ではないと感じる。
そういう意味でのこだわりを持つつもりも言うつもりもない。
自分がこうじゃなきゃ嫌だ。ではなくて、みんながそれでいいなら「そうあればいい」というスタンス。
デザイン案を提出して、いろいろな意見があって返ってきても、根本的なところの修正がなければ、そこからの仕事はとても楽。
根本的なところの修正が入るということは思っていたことが通じていなかったのだなと悩む。
相手を理解し、それに応えること。
その精度を高めてより多くの人のイメージを具現化していくことが自分の仕事だと思う。



 

あとがき

デザインなどの制作に関わる仕事をする上でのスタンスは大きく二つあると思う。
一つは一人の芸術家・アーティストとして表現をし、その自分というものに対する誰かの評価を価値と変えること。
もう一つは誰かの作りたいものや実現させたいことをより具体的にし、カタチに起こし、その誰かに価値を感じてもらうこと。
 
私はよく自分のことを、「アーティストではなく製作者」と表現している。
これは後者に当てはまる言い方として自分で自分を説明する時に使う言葉だ。
 
今回の取材を通じて、彼もまた同様のスタンスと考え方を持っていることを強く感じ、共感することも多かった。
 
0から1を創り出すだけがデザインではなく、1を10として具現化することもデザイン。
どんなものを作りたいのか、相手の持つイメージを聞き出すことは実は難しく、そこにコミュニケーション能力は欠かすことができない。
 
一人で作り上げるデザインではなく、誰かのために作り上げるデザイン。
そんな人との関わりの中で都度価値を感じてもらう。
 
将来の展望を聞いてみれば、「リラックマになりたい」という彼。
そんな彼の纏う柔らかくゆったりとした雰囲気。
そこには言わずとも“聞き出す力”が自然と備わっているのだと思う。

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