PEOPLETHE FORUM 千駄ヶ谷の住人

THE FORUM 千駄ヶ谷ってどんなところ?使い心地は?
実際に施設を利用している多様な住人から
話を聞いてみました。

04 戸田 悟史 Room

新しい価値というゴール

04 戸田 悟史 Room

新しい価値というゴール

[プロフィール]
戸田 悟史
一級建築士
株式会社トダセイサクショ
HP:http://tdsss.jp/


THE FORUM sendagayaから数十メートル先。
今、日本で一番注目を集めていると言っても過言ではない建築物「新国立競技場」は日進月歩でその姿を変えている。
 
一言に”建築”と言っても様々で、あのような巨大建造物もあれば、人々の生活に根付き、より近い距離にある物もある。
 
建築士という職業の中において、また人によってそれぞれには価値があり、全くもって別軸のものだ。
 
今回、インタビューを引き受けてくれたトダセイサクショの代表である戸田氏。
彼の求める建築とは一体どういうものなのだろうか。


 

何をつくるのか

彼のつくる建築物は、より人々に近いところにある。
店舗であったり、戸建であったり、特別な場所ではなく日常の中にあるもの。それはここ東京に限った話ではなく、日本全国様々な都市、田舎町に及ぶ。
 
よく、人生の中で一番大きな買い物と例えられるマイハウス。それをどこの誰に頼むのか、これは人生の選択といっても過言ではない大きな問題である。
 
大手ハウスメーカーに頼むのもいいだろう。だが、ある程度の枠の中で自分の理想を叶えきれない場合もある。
一生を過ごす家、生涯働き続ける店舗、そんな場所だからこそ、全ての要望を聞き取り一緒につくる。
 
小さくも、一人一人にとって限りなく大きなもの。



 

独立

建築士は独立する人が多いように思える。
それは建築士の中での既定路線なのか、戸田氏はどのような想いで独立に至ったのだろうか。
 
当然彼も最初は企業に務める建築士だった。
だが就職当初からいずれ独立するという想いは持ち続け、10年という目処を持ってここ、THE FORUM sendagayaへやってきた。
 
闇雲にしたわけではなく、自分の中での経験や知識、そして”できるという自信”を持って独立した。
 
ただ、建築士だから皆独立していくのかというとそうではないと言う。
どんな業界であれ、所属よりも独立を選択をする人たちはどこかネジが外れている人だ、自分も、そしてここTHE FORUM sendagayaにいる人たちも。そう笑って言う。
 
当然、独立してしまえば何も守ってくれるものはない。
自分で仕事を獲得し、自分が責任を持って成し遂げる。これは想像するよりもはるかに難しく、並大抵の覚悟ではできることではない。
その意味に置いては確かに常識に捉われず、独立を選ぶことができる人はネジが外れているのかもしれない。


独立後

やはり、と言うか思っていた以上に最初の仕事を受注するのには苦労をしたと言う。
 
今はネット社会と言われる世の中ではあるものの、建築と言うものに限っては価格が大きく、インターネットで見たから注文する、なんている簡単なものではない。
 
それまでに付き合いのあった人々からも「独立したならじゃあはいどうぞ。」と注文をもらえるわけでもなかった。
 
初期の頃は内装やリノベーションなど小さな仕事の数をこなし、自分がつくれるものを多くの人にアピールすることで、「あいつに頼んだらこう言うものができる」と言うイメージを広げることに徹していたと言う。
 
そんなファーストステップにここTHE FORUM sendagayaは大いに役立ったと話してくれた。


THE FORUM sendagayaの繋がり

彼は独立する時からシェアオフィスを探していた。
その中で選んだのがここだった。当時はco-lab(コラボ)千駄ヶ谷と言う名前で、その名の通り様々なクリエイター達がコラボレーションして仕事を高めるシェアオフィスだった。
 
当時の戸田氏と同じように独立したての若手クリエイターが集まり、自分たちの専門分野を掛け合わせ多種多様な仕事をしていたと言う。
 
これは独立直後の仕事として大いに助けとなり、基盤をつくる上で必要不可欠だった。
 
現在、THE FORUM sendagayaと名前は変えているものの、ここの人々の繋がりという点においては変わっておらず、戸田氏は一見関係の見つけにくい業種であってもコミュニケーションを欠かさない。
 
それは自分に足らないスキルを補う為でもあり、さみしがり屋だと言う自分自身の精神衛生上も非常にありがたいと言う。
 
例えばカメラマン、自分でも写真を撮ることはできるがプロフェッショナルのそれは明らかに違うものだ。PhotoshopやIllustratorもそう。
ちょっとしたことでも聞く相手がいて、話をする環境があると言うのはなかなかありそうでないことだ。
 
シェアオフィスの特性をフル活用し、自分の成り立ちの中で欠かせないものとしている戸田氏は、シェアオフィスを最も正しく使っているように思える。



 

コミュニケーションと言うポリシー

前項にもあるように戸田氏のコミュニケーション能力は非常に高い。それはインタビュー冒頭から感じていた。
彼自身は至って自然体で、不思議とスッと話を始められる安心感、親しみやすさを感じる。
 
”一級建築士”と言う職業であって、世の中では「先生」と呼ぶ人もいるだろう。
しかし戸田氏はその威厳を敢えて見せない。
 
そもそも誰かのために建築をする上で、最も重要なことはそのニーズを全部吸い上げること、そしてそのためにはお互いの信頼関係は必要不可欠だと言う。
 
デザイン性や提案力は後からでも付いてくる。しかしその前段階の関係がなければ絶対にダメ。
 
相談しやすいという印象から入っていった方がいいものができる。コミュニケーションがきちんととれている関係であればお互いに変に無理難題押し付けあうこともできる。
 
そういった意味ではここTHE FORUMは戸田氏にとって最適な環境なのかもしれない。
時には互いの知識を持ち寄って仕事をコラボレーションさせ、時には互いがクライアントとなり提供し合う。
 
以前ここにいたブランディング企業や、デザイナーから移転先の内装、サインやロゴの依頼なども受けてきた。
時に酒を酌み交わし、深く交流していた彼だからこそ、忌憚のないコミュニケーションに成功している。
 
お互いに正面からぶつかれる環境づくりと言う設計の前段階こそ一番大切にしていることであり、戸田氏のポリシーなのだ。


設計の理想

彼の設計における理想像は「土地の歴史や特性を考慮して建物のバランスをとる設計」。
 
建物を立てる場所がどこであっても太陽は出て、風が吹く。そしてその出かたや吹き方は毎回違うものだ。
南向きに庭を作れる土地ならすごくいいが、必ずしもそうとは限らない。南側は別の建物が迫っていて自分もこれ以上北には下がれない。そんな土地も数多く存在している。
 
そういった場所の特性やポテンシャルというものを最大限に生かす必要がある。
 
光が入るように考える、風が通るように考える。
 
逆に危険なことでいえば、地盤沈下は起きやすいのかという問題などもある。
 
そういったメリットを最大限に引き出し、デメリットを可能な限り無くしていく。それは建物にとっても、住む人の住環境にとってもすごくいいもの。
こういったベーシックな考え方が建築として非常に重要だという。あくまでこれは一般論として考えられることであって特別目新しいことではないが、それをやらずに設計することはまずない。
 
当たり前のことだが、そうしてその土地や建物一つ一つに寄り添ってつくっていくことが基本であり、理想。



 

建築家としての答え

最後に、これから先建築家として目指すべき取り組みについて聞いてみた。
 
今、日本は人口の減少に伴って空き家問題が浮き彫りになってきている。
この問題はこれから先さらに顕著になる問題であり、都市部へ集中する人の流れがある以上、郊外では避けられないのが事実だろう。
 
すでに建築業界においてもマンション需要の低下や廃業など目に見える変化は出始めている。
また地方の商店街はシャッター街などと呼ばれ、古びた旧店舗が軒を連ねている姿も珍しくない。
 
彼もまた、その一端を目撃してきた一人だという。
トダセイサクショという名前は、祖父と父が以前墨田区で営んでいた町工場「戸田製作所」からとった。
 
墨田区のそのエリアは同じようにすでに廃業した工場が多くあり、今はただひっそりと形だけを残している。
 
元工場という建物は誰も何にも使うことができていない現状に対して、彼の建築をもって答えを出したい。
 
工場という外側を利用して住居や店舗とする。それ以外の活用もあるのかもしれない。
設計をするだけではなく、その後の姿や物語、そこで何を起こしたいのか。
設計だけで終わらない、一つの物語として建物を蘇らせたい。
 
各地ではすでに大規模な再開発などを専門に行う業者もいる。だからそういった大きなスケールで考えることは自分はしない。
あくまでその一つの建物に寄り添って、そこにもう一度価値を与える。
その価値に共感してくれた人がそこに根付く。そうやって一つ一つ、一人一人の生活を豊かにしていくこと。
 
それこそが自分の建築家としての答えなんだと語ってくれた。



 

あとがき

私は東京都調布市の出身。
世田谷区のお隣、といえば比較的に都心部に近い場所ではある。
 
エリアとしては昭和初期からそこに根付いた人々が多く暮らしていて、幼少期はよく近所のおばあちゃん達に甘えて駄菓子屋おもちゃを買ってもらっていたものだ。
 
それから20年以上が経ち、今そこに残っている一家はもうほとんどいない。もちろん、新しくそこにやってくる家族もいるが、区画の半分近くが空き家になった時期もあった。
 
他人事ではあるものの、これらの空き家達は一体どうなっていくのだろう。自分自身が大人になっていく途中でそんな疑問が頭をよぎっていたのを思い出す。
 
引き受けて住む人もおらず、更地にすれば余計に費用がかかる。
だから取り壊すこともできずにそこに残る。
 
新宿から電車に乗れば10分強、調布市は好立地なベッドタウンであるはずだが、それでもそんな一面を持っている。
 
これまで高度経済成長や急激な人口増加を経験し、その清算を迫られている日本。きっとこれから先、もっと多くの場所で同じようなことが起こっていくのだろう。
 
戸田氏のいう建築の答え、それによってこれから多くの人や建物が活気を取り戻し、新しい人々が土地に根付く。
これまで、ではなくこれからに目を向け、より豊かな場所を模索し続ける戸田氏。
 
彼の持つ親しみやすさや説得力はこうした活動からきているのかもしれない。
 
もし、これから先に私自身が建築家を必要とするとき、きっと彼を思い出すのだろう。


お問合わせ
page top